第4回公判が開かれました。次回は9/11(月)13:30より、横浜地裁807法廷です。

2023/7/26 第4回公判傍聴・ミニ集会メモ

横浜地裁807号 13:30 開廷。終了は13:55 程度。

被告 (JIRITAMA) 側は代理人のみ、裁判官は前回から変更なく、傍聴者は6名でした。

前日には車いすユーザー1名の傍聴が予測される旨裁判所には連絡しましたが、椅子等の取り外しはありませんでした。(そのため簡易でない電動車いすでは、部屋内での幅がきつめだったと思います。すみません。)

期日前までには被告より

・被告準備書面(4)

が提出されています。主だった証拠としては、

・乙25号証:2021年1月30日に開かれた第4回団体交渉の音声(一部)の反訳

・乙26号証:2023年6月5日に開かれた第7回団体交渉の音声(一部)の反訳

が提出されてもいます。

書面の詳しい内容や位置づけに関しては、原告支援者用MLにて解説しておりますので、ご関心のお持ちで応援してくださる方はご登録ください。

 

裁判では被告の現在までの認否状況がすべて「否認」ないし「不知」であることに関して、原告側代理人(と裁判官)から質問をおこないました。

 

ミニ集会では7名の方にご参加いただき、本日も原告側代理人である土田弁護士、そして原告Yより事件と裁判の経過についてお話しさせていただきました。

毎回参加していただいた方と意義のあるやりとりができて、いつも原告は大変励みになっております。

 

次回期日は 9/11(月)13:30より、横浜地裁 807号法廷となります。

傍聴していただける方は、13時30分の少し前に8階の 807号法廷前にて集まっていただければと思います。原告はそれより少し前に8階の傍聴人控室のどれかで待機しています。

 

ミニ集会では、その日が2016年に神奈川県相模原市で起きた障害者の大量殺傷事件が起きてから7年目に当たることも合わせ、皆で黙とうも行いました。

また、場所を移して横浜地方裁判所の前で、原告が街頭に向かいスピーチ文を読み上げました。

(原告では「マイク」と書いていますが、当日は機器の都合上、マイクは使いませんでした)


2023.7.26 横浜地裁前街頭スピーチ文

この路、日本大通りをご通行中の皆様こんにちは。

この横浜地方裁判所の前を通る歩道から、この街の、横浜のみなさんに対して、今から10分程度マイクを使ってお話をしたいと思います。

 

本日私は、この横浜地裁で、裁判に参加してきました。

私は、私を雇っている重度訪問介護の事業所、横浜市中区の英町にある、「自立の魂 ~略して じりたま!~」という自立生活センターに対して、民事訴訟を行っています。

 

本日7月26日は第4回目の期日でしたが、この日は奇しくも私にとって、とても特殊な意味を持った日でした。

 

私の仕事は障害者を介助するヘルパーです。

どんな障害者であっても、隔離されたり、排除されたりせずに、今ここにある地域のなかで生きていこう、介助も使いながら自立して暮らそう。障害者が当たり前に生きていけるまで、社会の方を変えていこう。集団に序列をつけたり、社会にあるスティグマを利用して相手を支配したり、相手を軽んじながら搾取をしたりするのを止めて、共に暮らしを支えよう。そういう自立生活運動の思いから、もう5年間以上、仕事としてヘルパーをやっています。

 

今日は7月26日ですが、7年前にこの神奈川県で、日本で起きたことを思い出していただけますか。

2016年の7月26日、相模原市にある津久井やまゆり園という障害者福祉施設で、

刃物を持った元職員がやってきて、47名の利用者または職員の方を切りつけ、そうして19名の利用者が亡くなり、それ以外の方も大けがを受けました。

 

この刺した元職員を法廷という場で裁いたのは、ほかならぬこの横浜地方裁判所でした。

わたしも一度だけ、この傍聴のためにここに来たことを覚えています。

 

2020年の3月16日に判決として、裁判所は殺した犯人に死刑を決めました。

死刑によって世の中はよく変わったでしょうか。

大きな事件がきっかけになったと、障害者に対する差別や、加害は、減っていきましたでしょうか。ぜんぜん違います。

私は7年間で、世の中の仕組みや、健常者の社会に生きる方たちが、「障害を憎むこと」をずっと強くしてきていることを知っています。いろんな立場の方が、置き去りにして問題から向き合わなかった事を知っています。

 

7年の間に何が起きたのか、4つだけ振り返ってみます。

 

2018年には、役所が公務員を採用する際に、障害者雇用を3460人不正に水増ししていたことが明らかになりました。

 

2019年7月20日には、北海道東区で重度訪問介護を利用して一人暮らしをしていた方が、夜勤に入っていたヘルパーに暴行を受けて亡くなりました。

大規模施設だけが悪い、町の暮らしならば平気、というのは幻想でした。

しかし、障害者運動はこのことをきちんと受け止めることが今でもできていないと思います。

 

今年2023年には

6月3日の名古屋城バリアフリー化に関する市民討論会において障害へのヘイトスピーチがあり、主催した名古屋市も市長もそれを意見だと容認していました。

 

5月には中井やまゆり園の職員64人らによる、利用者への悪質な虐待について報告がなされました。

 

ニュースを追えばわかることですが、毎月一つは介助・介護現場での虐待や暴力に関する事件の報道があります。いわゆる「新聞沙汰」になるような話として、です。事例がない月はないです。

 

私は、重度訪問介護の障害者介助のヘルパーです。

一方で、私自身も障害者です。勤めていた事業所には障害のことを伝えないクローズ就労をする障害者として、JIRITAMAで3年間働いてきました。

しかし、2021年に私が発達障害者であることを事業所に伝えたところ、事業所は

「面接時にあなたが障害者でないか確認したつもりだったのに、障害者であることを伝えなかったのは嘘をついている」と言って私を解雇してきました。「障害者でもあるヘルパーは事業所が管理把握していなければ、派遣先に対してどんな事故を起こすかわからない」などともはっきり言ってきました。なぜ自立生活運動のためにある派遣事業所なのに、障害者を社会から排除するための言い訳、家を貸さなかったり会社に雇わないような障害差別の発言を、何のためらいもなく言ってしまえるのでしょうか。そして、どうして周りのヘルパーたちも、そのような問題発言や違法な解雇に対して、反対もせずに同調しているのでしょうか。

 

JIRITAMAは横浜にある自立生活センターの加盟団体の一つです。きちんと不法な解雇に向き合ってください。障害への差別が自分たちにもあることをごまかさないでください。

ヘルパー派遣事業のなかにあるハラスメントの構造によって、障害者に加害をためらわない状態でしかいられないことに気づいてください。

 

横浜に住む皆さん、横浜に来た皆さん、今ここにいる皆さんも、社会が、自分たちが信じている仕組みが、いろいろな方を殺している事実に、もう一回心を馳せてみてください。

先ほど挙げたすべての事件も同じことですが、一つのところで起きる暴力と、周りがそれに対して関心を持てないことはいつもセットです。

 

おかしなことにはおかしいと、感じていける毎日に生きたいです。

わたしたちが普段、社会のどのような部分を消し去りたいと思ってしまっているのか、

そして既にいないことにしてしまっているのか、探してみませんか。

その1つのきっかけが、自分が何かに対して殺されまいと、抵抗していくこと。だれかが抵抗している場面に気づき、自分のことに組み入れていくこと。それには痛みを感じることもあるはずのことですが。今日あらためてそう思います。

 

私は自分自身で決めた場所に生きます。ヘルパーとしても生きます。きらわれても、怖がられても生きます。私は存在することに許可なんて求めないです。

 

2023年7月26日の今日、この街に対して私からはこの言葉を投げかけたいと思いました。

以上です。

原告Y